この報告は、2012年8月3日に行われた日本仏教保育協会主催の第32回全国仏教保育栃木大会の分科会で光輪幼稚園が発表したものです。
 
 ベランダで稲作り
    〜稲作りを通して「いのち」の大切さを考える〜
 
 (発表者 田中典子主幹教諭  原奈穂教諭  谷ア昌代教諭  中村彰子教諭)
 
 光輪幼稚園は東京大田区の羽田空港近くにある、蒲田という所にあります。年長、年中、年少が3クラスずつと満3歳児クラスが1クラス、計10クラス243名の園児と毎日過ごしています。近隣の幼稚園の中でも、お寺に隣接していることもあり、比較的自然に恵まれています。
 園庭が広く見えますが、年長3クラス87名全員が園庭で遊ぶと、ちょっと狭いぐらいの広さです。季節ごとに花が咲き、さくらんぼや梅が実り、秋には銀杏、椎の実拾いをしたり、ぶどうや柿の収穫も楽しみます。夏にはプランターできゅうり、なす、トマト、ピーマンなどを栽培しています。
 しかし、短期の自然観察、体験ではなく、もう少し継続的に体験でき、身近で観察等ができることはないだろうかと考えているときに、新聞で『JA グループ みんなのよい食プロジェクト「バケツで稲作り」』の広告を見つけました。
しかし、いくら自然に恵まれているとはいえ東京です。田んぼを作る土地もなく、設備もなく、稲作りが可能なのだろうか、バケツで稲作りとはどういうことなのか、専門の知識がなく東京で育つのだろうか。不安は尽きなかったのですが、職員で話し合い数年前から年長児が稲を育てることに挑戦することになりました。
 次の問題は場所。どこで育てるかでした。園庭にいくつも
プランターを置くと狭くなるのでは?日のあたりが均等に当
たらないのでは?2階のベランダは年長の教室前にあり、
日の当たり風通しもいいということでベランダで稲作りを
決定しました。
 では実際にどのように行っているかです。直接子ども達がやれないこともあるが、できる範囲で子ども達に見せ、いつでも観察出来るように配慮しています。
 4月プランター、土の準備。発泡スチロールの時とプランターの時があり、プランターの時は水が流出しないよう栓ができるものを選びます。前年度の稲刈り後の土に、石灰や落ち葉などで新しい土を作っておき、足りない分は黒土・赤玉土を買います。
 次に田興しです。プランターに土を混ぜ、肥料と水を入れます。
 次に種もみの手配です。JAグループから郵送の場合と、卒園児のお米屋からいただく場合と、職員の知り合いの農家から苗をいただく場合とあります。今年度は、苗から始めました。
 次に田植えができる状態になったら、土をかき混ぜ、
水の量を調節しておきます。ビニールテープに一人ひと
り名前を書いて、プランターの縁に貼ります。苗3本か
ら4本を一束にして一人ひとり2cmから3cmの土の中に
植えていきます。水深は2cmから3cm水を入れておきます。
 6月になると生長の観察をします。水を絶やさないよう
にして二週間くらいで分けつが始まります。分けつとは、稲の下の茎に白いふわふわしたものが付いて、そこから2本に茎が分かれて増えていくことをいいます。水深を5cmくらいに水を張っていきます。
 7月に中干しを行います。中干しとは稲の茎が20本くらいになり、草の丈が40cmから50cm程度になったら2日間から5日間水を抜いて、土の上の表面を乾かすことをいいます。
 8月は病気、害虫に注意し、葉と葉がくっついていたり、色が変わったりしていたら要注意です。見つけたら取り除く必要がありますので、こまめに観察が必要となります。
 この時期に出穂と開花があります。ですが毎年夏休み中に咲くので、子ども達が見る機会があまりないので、前後で話をするなどして様子を伝えています。
 9月、スズメ対策。穂の中の汁を狙ってスズメがやってきます。スズメ対策はスズメ除けとして、スズランテープやCD等を用いたり、かかしやペットボトル風車などを話し合って一緒に作ったりします。ネットを張るのが効果的でしたが、過去にネットを張るのが遅くなってしまって大部分が食べられてしまったこともありました。
 10月は稲刈りを行います。株の下の方をしっかり掴んで、根元から5cmくらいの所をはさみで切ります。1回では切れないので、手を切らないように気を付けながら何回も行います。以前、稲に囲まれてじんましんが出てしまった子どももいました。大事には至りませんでした。
 次に稲を乾燥させます。刈った稲は3、4株ずつ根元を揃えてワラを使ってまとめて、穂を下にして干します。
 次に脱穀という作業を行います。脱穀とは稲の茎からもみの粒を外すことです。割り箸で挟んで、ゆっくりとスライドさせます。この作業は1本1本行いますので、根気よく行わなければなりません。この稲がワラとなって、子ども達には「『3匹の子豚』に出てくるワラと一緒だよ」と説明をすると、子ども達は「へーっ!」と興味津々な様子でした。
 11月にはもみすりを行います。もみすりとは、もみ殻を剥いて玄米にすることをいいます。もみをすり鉢に入れて、野球ボールやすりこぎ棒で押し当てて動かします。そうすると、もみ殻は取れていきます。剥けたもみ殻は、ふーっと息を吐いたり、うちわで扇ぐなどして少しずつ取り除いていきます。もみすり中は、子ども達が目にしているお米が少しずつ見えてくるので、大興奮です。お米がしっかりできなかった年は、もみすりをしながら少しずつ古米を入れて、もみすりができていったように見せたこともありました。
 次に精米を行います。精米とは玄米から米ぬかと胚芽を削って白米にしていくことをいいます。細めのビンに玄米を入れて、棒で突いていきます。精米はとても根気のいる作業ですので、時々古米を入れて白米になったように見せたこともあります。
 子ども達と精米を経験したあとは、残ってお米は精米器などで精米しています。毎年全クラス集めても3合くらいにしかならないです。また、年によってはスズメの被害にあって全滅したこともあります。
 みんなで精米したお米は、秋のお芋掘り遠足のさつまいもを使って、クッキングを行います。炊き込みご飯にして昼食に食べています。
 最初は私たちも説明書を見て、四苦八苦しながら始めた稲作り。当時通園バスの運転手が農家の出身ということもあり、いろいろ教えていただきながら生長を見守ってきました。田興しや田植えでは子ども達が直接土を触って「ぬるっとする」「気持ちいい」「冷たい」などとどろんこの感触を味わって、砂場のどろんこ遊びとは少し違う感覚を覚えたようです。
 また、毎日水をやり、稲が伸びていく様子が比較的見やすいので、いつの間にか自分達の背の高さくらいに伸びた稲。植物はしゃべらないけど、自分では動いたりしないけれど、確実に生長している。植物にも「いのち」があるんだなという意識が根付いていったように感じています。
 穂の中にお米ができますが、最初はそれが白い液体だと知ると、とても驚き目を丸くして「へー」っと不思議そうな顔をしているのが印象的です。自然の神秘さを感じてくれているのだと思います。
 そして、スズメ対策ではいろいろと子ども達と話し合って、
工夫して作ったりする楽しいひとときもできます。ときには
こんなこともありました。「スズメ除けどういうのを作る?」
という話をしているときに、「じゃあ僕が番するよ」という
お子さんがいまして、稲の前に走っていってスズメ達のいる
空に向かって「スズメ来ないでー」と叫んでいる姿もありました。
 稲刈りではハサミで切りますが、紙とは違い、硬いので切りにくく、「かたい」「手が痛い」などと言いながら紙を切る感触とは違うことを楽しんでいるようでした。
 また稲刈りをして乾燥するとワラになり、ワラを使って正月飾りなどが作られている話や、そのワラを編むと運動会の綱引きで使用する縄になると話をすると、身近に感じてくれたようです。精米をしたときに出る粉が漬け物に使うぬかだよと話すと、興味を持って聞いて子ども達の大きな驚きがよく伝わってきました。
 収穫した後、脱穀、もみすり、精米を通して物事を最後まで成し遂げる大切さや大変さを身をもって体験し、「お米を作っている人ってすごいね」と感謝の気持ちを痛感した子もいました。
 一粒のお米ができるまでには時間や手間、人手がかかります。子ども達は、「お米ができてもすぐに食べられないんだね」「脱穀やもみすりは大変だったよね」「全部みんなの合わせてもこれしかできないんだ」などと口々に言いながら、子どもながらに稲作りを振り返り、楽しんだり考えたり、学んだりと実りのある経験を重ね、稲にも「いのち」があると気付いていきました。
園では、普段の食前の言葉に「のの様と多くのいのちと皆様のおかげで、このごちそうがあります。心を込めてありがたくいただきます」と唱えていますが、あるとき食前の言葉を唱えていると「だから『いただきます』って言うんだね」という言葉も聞こえてきたこともありました。
 植物のいのちをいただくということを、子どもながらに理解しようと考え、いのちの大切さ、食事の大切さに気付き、その大事ないのちを人間は食している。だったらどうすればいいのかと考え、自分は好き嫌いしないで残さず食べたほうがいいのではないかと気づいて、嫌いなものも一生懸命食べようと試みる子ども達も見受けられました。稲作りを通して、稲の生長を観察し、自然の仕組みや神秘さを感じることをはじめ、食育の大切さやいのちの尊さを感じずにはいられません。
 私達自身が全てのいのちを大切にして、子ども達と接していくことが重要であると強く感じています。